こんにちは!cookalcの岡崎です。
先日公開した「コーヒーの淹れ方 計算ツール」。その開発にあたり、膨大なドリップのレシピや抽出データを集めていたとき、どうしても避けて通れなかった存在があります。
かつて東京・南青山にあった名店「大坊珈琲店」です。
店主・大坊勝次氏が確立したネルドリップの抽出体系と哲学は、書籍などを通じて今や海を越え、世界中のコーヒー愛好家やバリスタたちがネルドリップを学ぶ際のひとつの「聖典」「基準値」として深くリスペクトされています。
私自身、かつて青山の大坊珈琲店へ何度も足を運んだ一人でした。
むせ返るような焙煎香と、静謐な空間
雑居ビルの急な階段を上り、重い扉を開けると、そこは独特の空気が流れる別世界でした。
決して広いとは言えない店内の奥で、大坊さんが黙々と手回し焙煎機を回し、豆を煎っている。店内にはむせ返るほど濃厚で香ばしい煙とアロマが立ち込めていました。
空間全体に凛とした厳かな緊張感が張り詰めているのに、不思議と居心地が悪くない。むしろ、街の喧騒から隔絶されたような深い安らぎと落ち着きに包まれる場所でした。
カウンター越しに見る大坊さんの所作は、まるで祈りの儀式のようでした。 片手でネルを掲げ、もう一方の手の細口ポットから、真珠の粒のような湯滴を一滴、また一滴と落としていく。時間をかけて落とされた黒褐色の液体が、小さなデミタスカップへと注がれます。
Top画像、挿絵、ともに南青山 大坊さんのAIイメージ画像です。でも店内はこんな雰囲気でした。
「飲む」のではなく、「噛んで味わう」一杯
初めて口に含んだ瞬間の衝撃は、今でも忘れられません。
「……うわっ、めちゃくちゃ濃いな!」
思わずそう声が出そうになるほどの濃厚さでした。しかし、舌の上でゆっくり転がすうちに印象は一変します。重厚な苦味の奥底から、信じられないほど甘やかで、まろやかなコクがじんわりと広がってくるのです。喉を通ったあとも、心地よい余韻がいつまでも鼻腔をくすぐる。
それはゴクゴクと喉を潤すための飲み物ではなく、表現があっているかわかりませんが
「ひと口ずつ、噛んで味わう珈琲」でした。
お店で焙煎豆を分けていただき、自宅で同じ味を出そうと見よう見まねでネルを構えてみたこともあります。もちろん、あの大坊さんの静謐な職人技や研ぎ澄まされた集中力に敵うはずもなく、同じ味には到底なりませんでした。
けれど、不格好ながらも家で丁寧に淹れたその一杯は本当に美味しく、コーヒーという飲み物が持つ無限の奥行きを私に刻み込んでくれました。
湯温65℃から96℃まで。珈琲に「正解」はない
今回のツール開発でネルドリップのデータを集めていた際、改めて驚かされた事実があります。
一口に「ネルドリップの名店」と言っても、店や人によって抽出の温度が65℃から96℃まで、実に30℃以上も開きがあったのです。
じっくりと低温で甘みを引き出す流派もあれば、高温で一気に香りを立たせる流派もある。豆の挽き具合も、注湯のスピードも、粉とお湯の比率も、名店ごとにまったく違います。そして、どの店の一杯も、それぞれの思想のもとで間違いなく人を感動させる「最高の一杯」なのです。
このデータを見つめていたとき、つくづく思いました。
「ああ、コーヒーの淹れ方にたったひとつの正解なんてないんだな」と。
正解がないからこそ、人は自分の好みを探し、道具を選び、温度や比率を変えて試行錯誤する。その探求のプロセスそのものが、コーヒーを淹れる楽しさなのだと思います。
あなただけの「一杯」を見つけるために
私たちが作った計算ツール「コーヒーの淹れ方 計算ツール」に、大坊珈琲店のデータをはじめとする名店の抽出レシピを出典つきで並べたのは、そうした想いからです。
誰かが決めた「これが正しい淹れ方」に従う必要はありません。プロたちの残した偉大な足跡を地図のように眺めながら、「今日はちょっと濃いめにしてみようか」「自分にはこれくらいの軽やかさが一番しっくりくる」と、あなただけの好みの場所を探してみてください。
忙しい毎日の合間に、ネルやドリッパーを構えてお湯を注ぐ。その豊かな時間のお供に、このツールが役立てば幸いです。
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